ミュージカル「FRIDA KAHLO -折れた支柱-」感想

TipTap制作、オリジナルミュージカル「フリーダ・カーロ」の覚書。

 

フリーダ・カーロ彩吹真央

ディエゴ・リベラ今井清隆

レフ・トロツキー石川禅

 

キャストがすごく豪華だけど一週間のみの公演(8/1~8/7)、六本木トリコロールシアターという小さなハコだったので噂も聞かず心配していたが、2時間休憩なしでフリーダの人生を描くという気概を感じる、素敵な舞台。観てよかった。

 

 

フリーダの死から始まり、少女時代へさかのぼる。前後しながら時系列が行ったり来たりしたのも、フリーダが過去の様々なターニングポイントから逃れられないこと、それを足場にしていることを表しているようでよかった。蘇った死人たちが私たちに語りかけるのは『エリザベート』や『エビータ』を思い出す。

でもフリーダは国を背負った王妃でも、政権の中で自己実現をはかった大統領夫人でもなく、個人的な思い出や自分の内面をひたすら絵に描いた人である。その距離感が舞台全体で表されていてどこかカラッと明るくてよかった。

 

フリーダ自身が出会いを≪人生最大の事故≫と評したディエゴ・リベラをはじめ、彼女のそばに寄り添った妹のクリスティナ、恋人だったアレハンドロ・ゴメス=アリアス、トロツキーイサム・ノグチ、看護師や医者が彼女の人生を共に語る。他者から語られる主人公の図も好きなので、これもよかった。フリーダを中心にするという意味ではディエゴの見せ場は少なくて、それはよかったと思うが、名前の判明しているキャラクターに対してそうではないキャラクターの薄さはバランスが悪いように感じる。

 

 

それからミュージカルは音楽の力にもっとも期待したいが、こうして振り返ると2曲のみが耳に残っているかな…という感じ。バス事故のシーンなどは典型的だけど面白かった。

この作品はミュージカルの手法のひとつであるリプライズを多用しているのだけど、それも少ししつこい上にフリーダの内面を語るには感傷的と感じた。作曲者はパンフレットによると「ソンドハイムの音楽をたくさん聞いて制作に取り組んだような気がします」と述べているが、影響はよくわからない。言葉はぎゅうぎゅうに詰め込んであった気がするのだけど、正直聞き取れないところもあり、歌詞がわかりづらく不自然であるのが楽曲でいちばん気になった。歌いづらそうだなと思ったので。

あとメキシコの音楽要素がどのくらい入っていたのか、入れるつもりがあったのか、あまりここも印象にないので思い出したい…。ギターとピアノの伴奏が大きすぎたと感じる場面もあったけれど、それは私が前列に座っていたからかもしれない。ハコ全体でのバランスも知りたい。

 

 

いちばん気になってしまったところが、≪歌手≫の役割。

フリーダにとっての「理想のもう一人の私」を設定しているのはすぐわかったし意図も汲みたいのだけれど、フリーダ自身がその脆弱性も含めて魅力的で力強い主人公であると私は思っているので、そのアルターエゴの必要性が薄れてしまっているように感じた。乱暴に言うと、力配分がイーブンになりすぎてしまって、舞台上に二人がいるときにどちらを見ればよいのかわからなくなる瞬間があった。

フリーダに「理想の自分」は必要なのか?(必要だったのかもしれないけど)

『二人のフリーダ』を彷彿とさせる場面もあったけれど、それを実際にやる必要があったのかは疑問。 

これは≪歌手≫を演じたコリ伽路さんが非常に歌唱力が高くパワフルで魅力的で、ベテランの彩吹さんに劣らない力を感じさせるからこそ起きているアンバランスだとも思う。

アルターエゴといえば『モーツァルト!』のアマデなどがパッと思い浮かぶけれど、それはモーツァルトの幼児性や才能を子どもの姿で具現化させ、しかもセリフがなく、ただ彼の前に表れるところでバランスをとっていたのだなと思った。

フリーダにはフリーダ自身の言葉で語らせても何も問題はないと感じた一番のひっかかりポイントだった。

 

 

舞台美術はシンプルな木の枠組みで出来ていて、そこにターニングポイントごとにフリーダの作品をはめ込んでいく。終盤で背景にViva la vida(人生万歳)の鮮やかなスイカの絵が現れて、生命賛歌を謳う。

 

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Viva la Vida, 
Watermelons – 1954

 

彩吹さんのフリーダ・カーロが私の観たいフリーダだった。

私はフリーダ・カーロに詳しくないくせにフリーダ・カーロが好きで、思い描いていたフリーダがそのまま目の前で笑ったり歌ったり怒ったりするのが嬉しくて冒頭でちょっと心打たれてしまったし、ずっと目が離せなかった。

 

今井清隆さんはきちんとディエゴの役割をわかっていて、とてもバランスよく演じていたと思う。ここは台本のバランスもよかった。ディエゴが目立ちすぎない、というのは大事だ。

石川禅さんのトロツキー、フリーダの父を演じたりもするのだけど、コミカルさとちょっとしたニュアンスのセリフのしゃべり方が素晴らしくてやっぱりうまいなあ…。

それから私はフリーダの物語における妹クリスティーナの役割がとても印象的だと思っているので麻尋えりかさんがチャーミングに、でも足が悪いフリーダよりも、どこか足元がおぼつかない雰囲気で演じていていいなあと思った。

総じてキャストも好演していたし、もっとアップデートして、また再演してほしいと思う作品でした。