NTLシラノ・ド・ベルジュラック
NTLのシラノ・ド・ベルジュラックがおもしろかったのでメモ。
脚色:マーティン・クリンプ
演出:ジェイミー・ロイド
出演:ジェームズ・マカヴォイ
ネタバレ全開です。台本買おう…。→買ったで。ちゃんと読めるかは不明。
主役3人以外の全体的な感想
表現の自由問題と権力者の言論統制、しいては圧政の色が濃く出ている。
脚本、すごい改変だ…! わりと全編セリフが書き換えられててすごい。冒頭のモンフルリーの芝居が謎ハムレットになったり。冗長になりそうなところはすべて短くすっきりとまとめられていた印象。テンポ感と緩急を大事にしている。それでいて3時間きっちり時間をかけて見せているのが面白い。
ラグノーが女性になっているのは驚いた。原作だとコミカルでコキュ(寝取られ夫)としてのわびしさを見せているんですが、このラグノーはしっかりしているし同じ女性ということでロクサーヌのサポートに回る自然な役回りになっている。原作でも最初から最後までシラノの詩作を支援しているので、シラノの最期をみとるのがル・ブレではなくリニエールとラグノーになっているのは自然かも。
NTLシラノ・ド・ベルジュラックの話なんですがさっきの「文学への愛」を考えたときに、自分の意見を論じることのリスクとアイデンティティそのものになりしがみついてしまう愚かさ、流行り廃りへの苦しみをわかっているのがシラノとリニエール、ラグノーなんだと思う。だから最後のシーンはあの三人。
— ふじお (@fujio0311) 2020年12月6日
ラグノーが詩作教室もやめてしまって(出来の良い生徒たちとはいえなかったけど)、カフェもさびれてしまい、いまや三十路になった失意のロクサーヌが時々読書をしに来るだけというのは文学の終わりのようでさみしい。ロクサーヌが恋心を秘めたまま修道院で亡くなる「クレーヴの奥方」を読んでいるのも。
— ふじお (@fujio0311) 2020年12月6日
「クレーヴの奥方」、実家で母が持っていた気がするけど絶対あの人読んでないな…。私も読んだことないです。タイトルだけ馴染みがあるのは本を眺めていたから。
舞台構造はシンプルなんだけど、観客に背を向ける行為をはじめとしたキャラクターの位置関係や配置がとても巧み。ミニマムな舞台の中で最小限の道具とセリフの濃縮でいかに魅せていくかに長けているなあ。
私が好きだったのはバルコニーの場が椅子四つで表現されていたところです。くるくる立ち位置を変えて、でもとても明確でよい。ド・ギッシュのラップをよくしらない人(つまり私のような人間)のやりそうなラップっぽいラップも面白かった。
「月から落ちてきた男」の場面(ド・ギッシュをかく乱するところ)はずいぶん端折ったし、月へ行く方法について話術でド・ギッシュを魅了するのが原作なんですが、これはド・ギッシュの間抜けさもあるけど彼も語り手としてのシラノに惹かれる、つまり文学への素養があってシラノと意気投合できる可能性があるのを示していて私はこの場面がちょっと好きなんです。それがすっかり鼻の話になっていて、おやと思いました。ま、わかりやすいですよね。
最後にシラノがロクサーヌに自作の「月」の小説を渡すのはとても切ない。シラノの冗談の世界では月では鼻の大きい男が偉大だから。でもロクサーヌが私も月へ行く、と言ってくれたのはほんとうによかったと思います。
詩作ではなくて小説になったのはなにか大きな意味合いがあるんだろうか。韻文が流行らなくなり、散文の時代になったときにシラノは小説を書いている。
主役三人がよかったところ
● ロクサーヌが人間だ~!!!!!!!
もうほんとこれにつきる。ロクサーヌはどうしても自我があるようでよくわからん、都合のいい女に描かれてしまう。色々今まで舞台化作品や映画をみてきたけど、今回のロクサーヌは間違いも犯すし、性欲もあるし、めっちゃキレる、絶望を知っている人間として描かれていてほっとした。セバスチャンが死んだからって修道院にはいかない。いろんな男と寝た、というセリフにもほっとしました。それでもセバスチャンが忘れられないさみしさ…。怒りくるっていたロクサーヌがシラノにこれからは違う、といってハグして鼻をすり合わせていたずらっぽく笑うあの様子に救われます。
なんでもいいんですけどロクサーヌの衣装しぬほどかわいい。そのスニーカーどこの?ロクサーヌ以外も全体的にストリートの匂いがする衣装でよかったな~。
● セバスチャンも人間だ~!!!!!!!!!!!!!
あのう、私はとにかく人間の思念が生きている人の中に残っているのが好きなので…ラストのシラノ週報の場にセバスチャンがいるのすごくぐっときた……。なんといってもアラスでシラノの真意を知った時のキスですね。あんなに「俺はあんたに憧れていたのに」「俺はあんたが死ぬほど憎い」「俺があんたに、あんたが俺になれたらいいのに」「そうしたら俺たちは二人とも幸せになれるのに」という想いのつまったキスがある!?
同化を願うキス…むちゃくちゃつらい。つよしさんの「橋からの眺め」を思い出しました。あれも複雑なキスだったなあ。
セバスチャンが銃撃に倒れた後の静けさもよかったな…もともとの台本からだいぶ変えているけど、それがよかった。彼は兵士だ。なにものでもない。シラノは自分と彼とを重ねているな~と思いました。
● まかぼい、あんたが大将
私はまかぼいの演技、わりといつもまかぼいだな~と思って観ているのですが、全然これは貶す感じではなくてやっぱりうまいんですよね…。オッケ!のポージングの虚勢、笑えるし切ない。好きです。
そして今回のシラノは俺の羽飾り=心意気=言葉を結べずに終わる。最後までゆうゆうと語りつくし、ほとんど錯乱する場面もなく、満足して死んでいくわけではない。言葉はとぎれとぎれに宙ぶらりんになり、突然炎が消える。とても悲しいし寂しい。
告白はああくると思わなくて驚きました。じぶんから言いよったこの男…! そしてどうか手紙を焼かないでくれ、という懇願はみじめで痛ましい。あのときの自分の想い、これまでの15年、その象徴がシラノにとっての手紙なんだな。でもロクサーヌはいまを生きている。手紙は私のもの。焼くのも好きにする。ロクサーヌはシラノよりも人生を見つめている。
最近、肉体と精神について考えたりしているのでよけいに染みる内容でした。論理で武装し言葉をつらねてつらねて、でも温かなハグに勝るものはなかったり…また逆もしかりなのですが、そういうことを思ったりしています。
あーおもしろかった!
私の好きなシラノのやつ
これを年一で読んでいるよ。
私がいちばん一緒に知ったシラノはこれ。むちゃくちゃアメリカって感じなんですが、コミカルだし、ホセ・ファラーの声がセクシーで力強くてすごく好き。わりと原作に忠実とは思う。
Cyrano de Bergerac the musical- track 5- Bring Me Giants
フランク・ワイルドホーンのミュージカル。ロクサーヌがまんまジキハイのルーシーじゃん!というワイルドホーン節がすごいんですが、私はこれが好き。ロクサーヌに呼び出されたシラノが舞い上がって、「今ならなんだって倒せる! 巨人を連れてこい!」と叫ぶ場面です。ラブソングなんだよ…(涙) 2013年の春に鹿賀さん+濱田さんのシラノ公演を観ました。なつかしい。