誰がために鐘は鳴る

勇尾で同人を描き続けたオタクによるゴールデンカムイの310話についてネタバレしている記事です。

ご注意ください。

 

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尾形百之助が亡くなった。

あまりにも予想を超えた壮絶な最期に私はけっこう混乱していた。

尾形は金カムの中でも主人公をしのぐかしのがないかの勢いでたいへん人気があるので本誌直後のTLはうめき声と混乱と涙にあふれていた。

私はどちらかというと、その尾形の異母弟である花沢勇作のオタクなので尾形くんが亡くなった悲しみよりも四年間二人の関係を模索し続けた行為にひとつの回答が得られたようで、不思議な充足感もありつつ腑に落ちないものもあった。

 

2019年12月に花沢勇作さんへの異様な執着と勝手な想いをつづったのがこちらの記事なので、参考にお読みください。

 

fujio0311.hatenablog.com

 

結果的にいえば、多少の展開(「ウウウ勇作殿…」と『花沢勇作童貞防衛作戦』)はあったものの、私の人物解釈像に2019年からそれほど齟齬はない。なので花沢勇作さんについてわあわあ言っててよかったなあと思ったりもした。

 

 

■ 罪悪感は弟の姿をして

 

尾形百之助は罪悪感の象徴として花沢勇作の姿を思い描いている。回想に現れる花沢勇作は常に目元が見えない。自問自答する中で尾形の内なる声は「それ(罪悪感)と目を合わさないようにしてきた」「向き合おうとしてこなかった」といい、「勇作だけが俺を愛してくれたから」と続ける。悪いことをするやつは見られるのが怖い、の伏線がここで回収された。

そして明かされた勇作さんの目元。尾形と少しも似ていない方が残酷で物語的には面白いだろうなと思っていたので、予想通りではあったがあまりの瑕疵のない美しさに傷つくような思いだった。ほとんど弥勒菩薩のようである。尾形にとっての神様のような存在だからわかるのだけれど。

 

衝撃の「勇作だけが俺を愛してくれたから」。

おまえ…おまえ、尾形…愛情を素直に受け取っていたのか……とオタクはわなわなしてしまった。ここは、尾形のオタクというより勇尾の、そして花沢勇作のオタクとしてはたいへんに嬉しい一言だった。

165話公開当時、尾形ファンによる「花沢勇作は傲慢で独善的な距離の詰め方をして尾形を追い詰め傷つけた、遠慮や配慮がない、だから花沢勇作は最低最悪で嫌いだ」という評価が散見された。たぶんいまだに勇作さんが憎くて嫌いだ、とか尾形の方が正しい、といった意見はある。好き嫌いは自由だ。それに正直尾形ファンの憤りがまったくの的外れとは思わない。

花沢勇作が兄弟というものに深いあこがれを持ち、軍の規律を乱すような行動を積極的に取っていたのは間違いはない。また、それによって尾形が面食らっていたのは本人の弁であるから、いろんな意味で想定外の行動を平気でとるのが花沢勇作という人物なのだろう。

ただ同時に、尾形の内心を勝手に忖度して「異母兄弟で上官である自分が話しかけたら迷惑では」などと勇作が決めつける方が私はよほど傲慢で嫌な奴だと思う。「私は話しかけたいと思っているんですがね、兄様は迷惑に思うでしょうから…ほら立場も違いますし、私は仲良くしたいんですけども、ね、ふつうの人ならこの感覚わかるでしょう?」なんていう考え方をする花沢勇作は嫌だ…。

これはけっこう悪意がある書き方をしています。極端な例ですみません。でも私が変なだけでこういう考え方をする方がふつうなのかもしれない。

 

 

アプローチし続けた結果、165話で「兵営では避けられてるような気がしていましたので」と花沢勇作自身が語っている通り、尾形は何らかの理由で避けていたのだろう。これも人間同士のやり取りとしてはごく当然の展開である。

この何らかの理由が、「ほんとうに迷惑だった」「迷惑ではないが本人にもよくわからない理由で避けていた」「勇作の愛情が怖くなった」「鶴見と計画していた遊郭の策略のためにわざと身を隠していた」「ただのタイミングだった」のか、はたまた別の思惑があったのかは明かされていないのでわからないのだ。

戸惑いを覚えながらも、尾形は勇作からの愛情を認識していたことだけが結果としてわかる。

 

 

■ 人間・花沢勇作

 

兄の自死に手を添え、悪霊のように尾形を抱え高笑いをしながら列車から闇へ消えていった罪悪感が勇作さんの姿をしているのは花沢勇作ファンとしてはつらいものがあったが、あくまで尾形の中の罪悪感であり勇作さん自身ではないと納得している。

罪悪感が尾形の自殺をほう助し、罪悪感に包まれて尾形は死んでいったのだ。最期まで罪悪感を拒否し続けていたのは尾形らしいな、とも思えるようになった。

 

ここにきてようやく気付いたことがある。あれこれオタクが深読みしたり、次の展開を予想しても野田先生は「描いたものがすべて」の作家だということだ。よく考えたらそれはそうだろう、週刊連載が前提の物語で叙述トリックなどやっていたら誰もついてこれない。なので幸次郎のセリフも、尾形のセリフも、そのままシンプルに受け取るべきなんだろう…。

『花沢勇作童貞防衛作戦』はタイトルに名前が入っているにも関わらず、完全に勇作さんは事件の蚊帳の外だ。もとはといえば両親のそれぞれの思惑がぶつかって起きた替え玉事件だが、金子花枝子や杉元や菊田、鶴見はては尾形まで巻き込んでいるにも関わらず本人は最後まで何も知らされていない。こんなひどいことがあるだろうか。

本人の自由意思というにはあまりにも選択肢のない人生だが、その中で旗手に任命されたら兵たちのよすがとなって身をささげるという勇作…。私はぜーんぜんこれを美談にしたくない。というか美談にしてしまうと特攻隊の肯定と何も変わらないのである。

かといってこれをもって勇作には意思がない、ただの父親のきれいなお人形だといわれるのも何かが違う気がする。また杉元のように選択肢を与えるといいつつ、エビフライじゃねえのかよ!と殴り掛かるのも極端な話だ。

 

花沢勇作は当時の軍国主義を信じて信じて、信じぬいて死んでいった若者たちを体現しているのかもしれない。いっそのこと杉元につかみかかられたときに信念の揺らぎを見せてくれたらよかったのですが…道理のない暴力におびえるだけでこのあたりもかなり温厚で穏やかな性格なのが垣間見られて私は悲しい。

 

 

花沢勇作のオタクとしては、これまでずっと偶像として描かれてきたことを踏まえてもっと花沢勇作の人間らしい姿を…と求めてしまっている。というか今の今もそう考えている。

だけれども、野田先生が書いたものがすべてだとすると、やはり花沢勇作の偶像ではない究極に人間らしい魂の底からの言葉はやはり165話のあのシーンであると考えなおした。

 

「兄様はけしてそんな人じゃない。いつかわかる日が来ます。人を殺して罪悪感を微塵も感じない人間がこの世にいて良いはずがないのです」

 

このセリフが正しい、正しくないの話でいえば前半は尾形に関しては当たっていたということになる。

尾形は勇作を殺して罪悪感を感じていたし、それがわかる日が自分の死ぬ日だった。

同時に後半は間違っている。罪悪感を感じない人間はいる。宇佐美しかり、囚人たちしかり。「この世にいて良いはずがないのです」も人の善性を信じる勇作はそう思いたいのだろうな…という感じだ。

面白いのは尾形がしっかりここにひっかかりを覚えてしまった点だ。

 

 

■ 「欠けた人間」理論

 

さて、罪悪感の話でいうと尾形は幼少期に母親も殺めているのだから、母親への罪悪感も持ち合わせていそうなものだ。しかしいうに事欠いて「お父っつぁまに愛があるか知りたくておっ母を殺したのに意味なかったってこと?」と返している。

母親に自分を見て欲しかったであろうことは幼少期の描写で「おっ母、みて…」と母親の顔に手を差し伸べている姿もあってよくわかる。尾形が母親の愛を求めていたのは間違いない。

このあたりの尾形の論理に乗っかってしまうと頭がぐるぐるしてくる。

 

 

「欠けた人間」という言い回しは103話で初めて登場する。

 

愛情のない親が交わって出来る子供は 何かが欠けた人間に育つのですかね?

 

 

これは漠然と尾形が幼少期から抱き続けてきた母親から愛されない不安やさみしさや憤りが自分に「何かが欠けている」ことを原因と考えた論理なのだろう。これはほんとうに悲しくてつらい結論である。子どもは自分に原因があると考えてしまうものだ。

 

そして兵営で出会った花沢勇作が兄と尾形を慕い、愛情を向けてきたことが理論を補強する(と尾形は考える)。愛されて生まれた子供だから、誰にも愛されておらず、複雑な関係にもかかわらず屈託なく自分にも愛情を向けてくるのだと。

尾形は勇作さんからのアプローチを避けてはいたが、本編中で一度も疎ましがったり嫌ったり怒りを見せたりはしていない。

尾形は愛されるにふさわしく、愛を受け取れる人間なのである。現に花沢勇作は尾形を愛していた。異様な願い事をする兄のいびつさや孤独に気づき、思わず抱きしめて涙を流さずにいられないくらいに。

 

しかし、瀕死の幸次郎との対話で、図らずも幸次郎が欠けた理論を肯定してしまう。尾形の笑みは「自分は正しかった、間違っていなかった」ということなのだろう。

この尾形の自信が流氷問答後あたりから揺らぎ始めることになる。幻覚の出現は尾形が高熱で朦朧として心身が弱っているときだったが、流氷問答後からは様子が変わってくる。それは狙撃手の宝である視力を奪われたことによる精神的な揺らぎなのか、怪我からくる副作用なのかもしれない。抑えつけていたものが抑えられなくなってきた、フェーズが変わったとみてもいい。

 

ひとつ残念だなと思うのは、「欠けた」理論が間違っていようが間違っていなかろうが、自分でそう認識している感覚への寄り添いが無くなってしまった点である。金カムには明らかに社会倫理とかけ離れた感覚の魅力的な囚人たちが数多く登場し、彼らのほとんどは作中で亡くなっているものの命のきらめきを見せてくれている。

尾形の自分が「欠けて」いる人間では?という疑問は自己理解の契機と考えるとけして無駄な問いではない。「欠けて」いてもその生は肯定されてほしかったと作品のいちファンとしては思わずにいられない。

特に尾形のように家庭環境が複雑で孤独なキャラクターへシンパシーを感じているファンも数多くいるのが見受けられるため、美学としてのキャラクターの自死は理解できるがやはりショッキングではあった。これも本人が罪悪感から逃れるために行ったことでその死は副次的な結果であり、自死とはとらえていないという考え方もあるがいずれにせよ思考停止を選択したと考えるとなかなかにつらい。

 

 

 

■ 皮膚で感じる愛の温度

 

罪悪感は弟の姿をしている、と同時に罪悪感を抱くのは尾形が勇作に何かしらの感情を抱いているからではとも考えられる。

勇尾のオタクなので、もしかしたらそれは愛だったのでは…?と考えたいところだ。

もちろん勇作からの愛を認知していたものの尾形が勇作を愛していたとは明言していないのが、これはただの願望である。しかし罪悪感を見ることを否定しつつ「後悔などしとらん!」と叫ぶ尾形の姿は痛ましく、セリフも行動もすべて反転して見ることもできるかもしれない。

 

 

閑話休題

最近、自分は五感を使って生きることができているだろうかと考えている。物事をよく見て、聴き、味わい、触れているか。頭でっかちに考えたり言葉を優先させたりしがちな資質なもので、余計にそう思うのかもしれない。

身体的感覚、皮膚感覚。

 

今回の尾形百之助の凄まじい自己との対話、彼の人生の中で幾度となく繰り返されたであろう問いと仮説。

 

 

 

2018年に描いた同人誌『ノスタルジア』の感想をくれた友人とやり取りしたことの上書きだが、尾形自身が言語化できず知覚すらしていないようなおぼろげな感情、相手のことを理解しようとも知ろうともしておらずどこか未熟な子どもの精神の尾形がそれでも隣に弟がいたことを断片的に覚えていて、それが「愛してくれた」の一言に集約されているように思う。

 

 

■ そは汝がため鳴るなれば

 

すっかり勇尾のことがわからなくなってしまった。描きたいものを好き放題描きまくったので、描けなくなってしまったともいえる。もうずいぶん同人誌も出したし、満足してしまったのもあるかもしれない。310話を起爆剤として何かを描くにはあまりにも物寂しい。

解釈違いなどではなく、ほぼほぼ二人の関係をこねくり回して四年も考えていた結果、当たっていたせいかもしれない。しかしあまりにも平行線で答えが出ないカップリングなのを思い知らされた感覚でもある。

 

これはとても誠実でもある。

花沢勇作は二百三高地で殺されたからだ。

死んだ人間はもう答えようがない。殺した尾形にも生きている勇作は答えを返してくれることはない。花沢勇作が何を思って兄に近づき、兄を慕って距離を詰め、愛情を注いでいたのか、また殺されてどう思うのかはわからない。

 

幽霊は生きている人間だけが見る。

 

 

なんぴとも孤島ではなく、かすかなつながりはあり、尾形はずっと鐘の音を聞いていたのだろう。しかし最期まで尾形は孤島であろうとした。見事な尾形劇場であったことよなあ、と思うさみしさとかすかな過去にあった弟からの愛という光を味わうことができた310話でした。

おしまい。

 

 

 

梅芸ミュージカルINTO THE WOODS感想

梅芸のINTO THE WOODSにいってきた。昨年11月末のソンドハイム訃報を受けて涙した身としては、貴重な日本語上演を観に行けるのが楽しみだった。思い返すとソンドハイム作品を観るのは2004年の宮本亜門演出「太平洋序曲」ぶりというブランクで、そんなレベルの人間の感想だと思ってください。ぜんぜんほめていません。

物語と舞台演出などについてのネタバレです。時間が経つにつれてなんだかイライラしてきたし頭にきている。役者のインタビューを読んでしまったせいかもしれない。役者個人への文句もあるけど、プロダクション全体に対しての失望がつよい。

 

 

 

↓ここからネタバレ

 

 

 

INTO THE WOODSは童話のキャラクターたちが未知の世界、すなわち森で欲望にしたがって行動することによっていったんは目的を遂げるものの、混乱し、戸惑い、命を落とし始めるビターな大人のミュージカルだ。巨人の妻によって自分たちの世界が破壊されはじめると利己主義になったキャラクターたちは物語の枠組みを超えてナレーターを殺すがカオスは止められない。更地になった森で生き残ったキャラクターたちは自らを振り返って、心を入れ替えて物語を再構築していく。メタな視点が面白い秀逸な作品だ。

だけれども、今回は演出も歌唱力もかなりバランスが悪く、それをスターが支えてギリギリ成り立っているというあやうい舞台だった。

 

冒頭でシンデレラ・ジャック・パン屋がふらふらと長椅子に横たわり、ナレーターが登場し、物語が始まる。この幕前のワンシーンは二幕のはじめにも繰り返され、物語の核になるのは最後まで舞台にとどまるこの3人だと演出したいのだろうけれど、それでいえばラストには赤ずきんが加わるので一貫性がない。であればナレーターと共に物語の外を示す幕の外に登場させる必要があったろうか。

舞台上には大小三つの枠がシンデレラの家/城、パン屋の家、ジャックの家に見立てられる。Swingとパフォーマーが牛のミルキーホワイトやハープになり、魔女やジャックの場面では彼らの体を支える。先日改めて観た「夜中に犬に起こった奇妙な事件」での宇宙飛行の場面のような演出を思い出した。

 

こうしてナレーターの「昔々あるところに…」から舞台が始まるのだが、シンデレラのほとんど叫ぶような「ねがう!」(I Wish!)でおやと思い、開始3分で役者に歌唱力に問題ありの前評判が確信に変わった。シンデレラの古川琴音、パン屋夫婦を演じた渡辺大知・瀧内公美はミュージカルとしての歌唱ができていない。ここから歌唱についてのだめなところをつらつら挙げる。

 

シンデレラとパン屋夫婦は出番も多く、作品の土台の役割を果たす。ここに思慮の浅いトラブルメイカーのジャックとトリッキーで傍若無人赤ずきん、娘のラプンツェルに依存している魔女が加わり、「ラプンツェル」「シンデレラ」「ジャックと豆の木」「赤ずきん」の四つの物語が交錯する。

しかしこの中心キャラクターのうち、シンデレラとパン屋夫婦の3人がそれぞれ歌唱能力に問題を抱えている。声質は悪くないのだがここひっかかりそうだなと予想する箇所で見事に全部音程を外すシンデレラ、声の伸びがなくチェンジで音がひっこみ歌い方が雑なパン屋の妻、発声が甘く活舌が悪いために言葉が埋もれて聞き取れないパン屋。

3人とも地声のチェンジの部分で突然声が引っ込むので高いキーや難しいパッセージは聞こえなくなってしまうし、フレーズ終わりの処理が雑でハーモニーがない。これが演劇作品だったらまた少し違う批評になるのだけど、これってお金を取って上演しているミュージカルだよね?と聞きたくなるクオリティだったのだ。

ジャックを演じた福士誠治はアクロバットな動きの中で比較的安定した歌唱を見せたので落ち着いて見られたが、役柄が持つ無邪気さとは乖離を感じる奇妙なゆとりが見られる芝居だった。それでも「スリル・ミー」などに出演していた経験があるだけあって、他3人よりはよかった。

パン屋夫婦を引っ掻き回すトリックスター赤ずきん役の羽野晶紀は子どもっぽいガチャガチャした金切り声でそのまま歌いきるという力業に出ていた。音楽的に極端に破綻はしていないのが彼女の底力を思わせるものの、出ている間はこの力んだ声をずっと聞かないといけないので個人的な好みとしては正直厳しかった。なので、この5人が中心となって歌うとトーンがそれぞれ違うのでまとまりがないのだ。

2幕になるとだいぶ聞き苦しさは軽減されたけれど、物語の前提となる説明的な音楽が多い1幕で辟易してしまって幕間に一瞬帰ってしまおうかと思ったくらいだ。INTO THE WOODSを生で観たことがないものだから記念として最後までいたけれど…。

ことあるごとに悪口を言ってしまう全然成功していないロブ・マーシャル監督のディズニー映画版「イントゥ・ザ・ウッズ」でもキャスティングがいまいちではと思ったが、歌は全然歌えていたからこの点ではましだった…と遠い目になってしまった。

 

 

冒頭のテーマ曲INTO THE WOODSではほかに継母や異母姉妹たちを演じるベテラン経験者たちが加わっていくのだが、新たな登場人物が登場するたびに役者のレベルを判断し、耳を調整して推し量る時間を設けないといけない。

しかし多少上手な人が出てきたところで、先のシンデレラ・パン屋夫妻・ジャック・赤ずきんがミュージカルの核なのだ。パン屋夫婦のデュエットは職場で聞かされる同僚のいまいちなカラオケを想起させる。シンデレラは正しい音を歌えていたフレーズはいくつあったろうか。ちょっと音を外したね、という話ではない。下手な役者たちに共通するのは言葉の単語の頭や終わりの処理が雑なところで、そうするとただ歌詞をだらだら歌っているように聞こえるために意味が瞬時に理解できない。これはベテランの望海風斗や王子二人の歌い方と比較すると天地の差だった。

とにかくソンドハイムの書くメロディーの効果がまったく生かせていないし、あまりにも歌唱レベルがでこぼこで落ち着いて聴けない。おまけに言葉がただでさえ聞き取りづらくなりがちな歌詞の、さらに日本語訳である。日本語訳もうまくいっているのかわからない。はっきりいって一つも歌詞を覚えられなかった。観客が物語に没頭することができないのは問題ではないのか。

 

 

めちゃくちゃにけなしてしまったけれど、映画などでの演技はもちろん実績がある方々なので私も映画俳優としては彼らを評価したいし出演作も好きなものがあるが、ミュージカルにおいては歌と演技はきっぱりと分けられるものではないと思う。だから「芝居としては面白かった」と思う部分が自分の中にもあるけれど、「芝居に歌も入るのがミュージカルでは」と考え直している。演出からのラブコールでキャストが決まった、と見かけたが、真偽のほどはおいてもキャスティングミスだと感じた。

もともと訓練を積んでいる人でも楽譜通りにメロディーやリズムを正確に歌うのがかなり困難なソンドハイムとの楽曲に、そこそこの歌唱力の役者を配役するのは無茶だと思う。

 

 魔女役の望海風斗はさすがの実力で出てきた瞬間に客席の困惑した雰囲気と集中力がぎゅっとまとまり、空気がしまるのを感じた。コミカルな演技もお手の物でパフォーマーたちに支えられてさかさまになって歌ったり怒鳴ったりもなんなくこなすし、しっとりと聞かせるナンバーも聞きごたえがある。魔女のパワーで舞台全体が底上げされている。

CHILDREN WILL LISTENは朗々として美しかった。逆にこの人はほかの役者のことをどう感じながら参加しているのだろうか、やりづらくないのかと穿った疑問が浮かんでしまった。観客も望海さんのファンが多いのか、温かい雰囲気でカーテンコールを迎えたのだが、ほんとにそれでいいの?と個人的には疑問だ。(というかブーイングが起きないのがすごいなとも思った)。

王子役の渡辺大輔、廣瀬友祐(狼と二役)の二人も卓越した歌唱力とコミカルな演技で振り切っていてよかった。が、二人の持ち歌のAGONYはアゴニー!とそのまま訳するでもなく歌われる。冒頭のINTO THE WOODSでfestivalがそのままフェスティバルと歌われていたのはともかく、ぱっときいていまいち意味がわからない単語をそのまま使うのはどうかと思った。さらにAGONY,MISERY,WOEの掛け合いがあほっぽくて好きだったのだが、この部分も削られてしまっている。これはなぜそうしたのか、音楽監督に問いたい。こういうところが雑な処理だなと思う。歌全体を通してもこの翻訳歌詞が今後永続的に使用できるのだろうか。

 

 

他にもたくさん疑問が頭に浮かんでしまう。

パフォーマーたちは後半であまり存在感を見せていないのではないか。

王子たちのウイッグやいかにもな衣装はキャラクターが王子の役割を演じていることを表すと解釈したが、普段着の延長のような他のキャラクターたちとバランスが取れているのか、それは演技で表現できるものではないか。

あるいはオペラ歌手が演じるラプンツェルはとびぬけて声が美しいが、魔女と対峙し、他のキャラクターと調和できる演技のトーンであったか。

シンデレラの葛藤の場面で2人に分裂して登場するのは意図がわかりにくくないか。

こまめにはさまれる茶々のようなセリフはもともとの舞台には存在しないのではないか。

シンデレラと対話する小鳥の演出はサイモン・マクバーニー演出の「魔笛」の模倣か。

 

 

熊林弘高さんはこれがミュージカル初演出ということだったが、作品全体を俯瞰してほしい。舞台上での役者の立ち位置も様々な場面の演出も洗練されておらず、まとまりがない。あまりそういうバランスは考えていないのだろうな、と思ってしまった。

こういうことをずっと考えながら聴く羽目になったためかなりストレスだった。ソンドハイムの楽曲はたしかに難解だけど、「この作品は歌が難しいから大変です、歌詞や演技をみんな向けにコミカルに崩してわかりやすく面白くするからよござんすね?」とプロダクションから言われている気持ちにすらなっている。

出演者の番宣的なインタビューも読んだけれど「人前で歌う経験はあまりありません」と言い切っている内容で、じゃあ何故よりによってこれに出たのだ…と苦々しい気持ちになった。

今のところ、舞台に関する記事を探しても宣伝インタビューや話題を取り上げる内容のみ、あとは観客からの感想ブログくらいだ。そのうち有識者から舞台批評が出るのではないかと思うけれど、これだけけなしておきながら読むのが恐ろしい。

 

このプロダクション全体を通じていえるのだけどメロディーの力、言葉の力をもっと信じてもいいのではと思う。最低限の歌唱もできていない完成形を出してくるのは観客に失礼ではないのか。

ベテランの使いまわしはつまらない。若手もどんどん起用してほしいし失敗は成功の元だし、どんなに訓練を積んでも本番で失敗することは多々ある。だが、最低限の歌唱力を持つ役者をキャスティングすることはできたのではないか。せっかくのソンドハイム作品の日本語上演がこういう形になってしまって悲しいし残念だ。

改めて終演後にパンフレットを読んだ。演出家が語るソンドハイム作品への敬愛の念、役者たちが雄弁に語っている物語がもつテーマ性や問題提起やメッセージがあのパフォーマンスで観客に伝わっていたかと考えるとはなはだ疑問である。

家を買った話

3月に家を買った。家といっても築25年の3LDKの中古マンション。大人どころか中年にさしかかっているわりに(こう書くといっぱしの大人みたいだな…フフ…)となっているところが私の幼さである。

「家買ったのよね」というとサラリとしてクールに聞こえるけれど、正しい判断だったのかよくわかりません。今2021年が終わろうとしているので9カ月住んだことになっているのだけど、この調子だと来年には飽きている気もする。飽きたからってじゃ、交換しますかといかないのが持ち家の問題だね。

 

 

 

 

1. 賃貸か持ち家か問題

最初にいうけどこれは本当にわからない。なんぼでもこの話題でやんややんやしている記事はあるので…。私は単に老後に部屋借りられなくなったらやだなと思ったのと、「家を買う」をしてみたかったので買った。

年齢的にもローン組むなら30~35年ローンと考えると40代が最後のチャンスらしい。資産家は別だよ! 40手前の今がまあ無理なく組めるチャンスかなと思ったのもある。

賃貸より自分の資産になるから…とは言いますが、このあたりはどうだかねえ…と思っている。私が売りたい時に自分の部屋が資産価値があるかどうかは怪しい。売るのだって一苦労するんじゃないだろうか。

 

2. なぜ家を買うのか

私が家ほし~と思い始めたのは2~3年前で賃貸で1Kの新築マンションに住んでいたころ。職場から40分くらいで約9畳はあったしウォークインクローゼットもあり、特に文句はない間取り。立地も駅から5分、スーパーや図書館なども徒歩圏内にあって便利な場所だった。

23区内の利便性がいいところに住みたいとか周囲にいっぱいチェーン店がほしいという希望はなく、落ち着いた静かな土地の、できれば図書館の近く…少し緑があるとうれしい…という希望。

ではなぜ賃貸から持ち家にしたかったか。これは去年の自分がメモしていました。

 

【なんで家が欲しいのか?】

・老後の住処確保

・関東でやっていくぞの覚悟

・環境変えたい

・家賃もったいないのか…?

・ほんのちょっと利便性よいところに移動したい

・広い空間がほしい

 

 

【持ち家の条件】

・生活空間わけたい。

1Kだとお絵かきしたりするテーブルとごはんを食べるテーブルが一緒。事足りるんですが、なんかなあと思うことも。これは私がだらしないからなんだけど、メリハリがなくなっちゃう。当時テレビもなかったので小さいPCで映画みてご飯食べてそのままお絵かきしたり。

それからすぐ横にベッドがある。ベッドはシングルで折り畳みの簡易的なものだったのでふつうに寝心地悪いし、帰ってきて片付いていない布団をみると気持ちが萎える。いや、片づければいいのはわかっているんですが…。お友達が来た時にベッドそのまま見せるのもちょっと恥ずかしい。

 

・将来的に動物飼いたい。

これは先日書いたねこを飼う話でだらだら語っています。ので割愛。

fujio0311.hatenablog.com

 

・駅から徒歩5~7分。それまで近かったから…体が甘やかされてしまった…。

・今の職場に通える範囲。

・スーパー、郵便局、図書館など実用性重視。

 

他にもインテリアに凝りたい、収納がいくらWICがあるとはいえもう少し欲しいとか色々あったようです。

 

【心配なこと】

・古いマンションは何年持つのか。

・大規模改修工事、建て替え予定などあれば知りたい。

これは今も心配ですね。ちなみに今のところは築25年くらいで近々大規模改修工事を予定しているみたい。新築が欲しかったけれど、一人の力で買うとなるとなかなか難しいです。

 

3. 直感で決めちゃう

このあたりがこの記事が他人にとって参考にならないところ。

家を決めるのって一代決心に思えるのだが、自分ではあんまりそう思いたくなくて。というのも服だって道具だってそうだけど、自分で実際に時間をかけて使ってみて「ふむふむこれはあたりだったな」とか「値段のわりにいまいちだな」ってわかるものだ。ぶっちゃけ住んでみないとわかんないでしょ!くらいの気持ちで決めた。

あと、ローンの相談するまで自分の経済状況がいまいちわかってなかったな…と痛感しました。このくらいは買えるのではと思っていたものの、色々支出を考えるとローンは組めても厳しいかもしれないとちょっと安めの価格設定物件でいくことに。ちなみに3か所の不動産に依頼して4軒しか見ていません。4軒目が今の部屋。

 

1軒目は築35年くらいの便利な沿線から徒歩7分。明るい陽射しと建物自体の好感度は高かったものの、ゴミ捨ての面倒くさそうなところやお年寄りしか住んでいない雰囲気、周囲の道路がせせこましい感じ、スーパーが近くにないことから没。でも本当に雰囲気は好きだったな。

 

2軒目はたくさん人が住んでいる昔ながらのマンション。やたらとベランダが広くて眺めがよかったけれど、あんまりにも風通しがよすぎるので寒々しい感じがしたのと間取りが謎で家具を置くのに苦労しそうだった。あと天井も低い。

 

3軒目。これは渋谷の不動産が担当している物件だったけど、担当者たちの慌ただしい仕事ぶりと上滑りする会話が嫌で、行かなきゃよかったなあと思った。もともと私が希望していた物件がみられず、代わりに紹介されたところに行った。15分くらい待たされて着いたマンションが外側の雰囲気がおどろおどろしくて正直恐怖でしかなかった。内装はリフォームされてきれいなんだけどね…。

 

最後に大手不動産の名前を親に聞き、HPを見て良さそうな物件があったため年内滑り込みで見られないかお願いして内見へ。それがちょうど一年前、2020年12月28日のこと。土曜日の夜と日曜日の日中と2日続けて見に行き、マンションの周囲を散歩した。一週間くらい考えたけど、年明けの1月5日には「買います」と電話をした。

あっ、この日中と夜と見に行くのは内見の方法としてオススメできるかもしれません。あとは近くのコンビニの雰囲気や道路の整備され具合とか。そこから3月の引き渡しまで怒涛の忙しさでしたが、なんとかなるものですね。

それからたくさん物件をみればみるほど欲が出て決められなくなるそうなので、内見は多くても10軒までにしておいた方がよさそうです。私は8割くらいが条件に合えば合格としていました。

 

4. インテリアコーディネーターさんを雇う

3月は何もない広い空間にただテーブルと椅子を置いて暮らしていました…。

名づけて虚無ルーム。

 

年末から年明けにかけて、インテリアを何とかしたいでござる…と友達に相談させてもらっていたところ、インテリアコーディネーターというお仕事を知る。ぶっちゃけ初めて知った。

具体的にはその部屋の家具や照明、壁紙などを選ぶ専門のお仕事だ。とても素敵な同世代の女性2人ユニットで、とりあえず相談だけでも…とその友達を介してお話して、依頼するときのプランも教えていただいた。

A. 対面で打ち合わせ後、よさそうな家具をリストアップしてくれる。

B. Aに加えて買い物も同行してくれる。

もちろんお仕事なので私がお支払いをするのである。正直、頭金も払っていたし家具もほとんど買い替える予定だったのでここでさらに支出が出るのは痛かったが、どうせプロのお仕事を見られるのなら全部知りたい!となり、思い切ってBプランでお願いすることにした。簡単な流れだけ紹介。

 

① 対面で打ち合わせ。分厚いインテリア雑誌の写真を数冊見せられ、直感で好き/嫌いを判断してふせんを貼る。これでコーディネーターさんは顧客の好みをつかむそう。コーディネーターさんに好みの雰囲気とギリギリOK/OUTのラインを把握していただく。家じゅうのサイズを測ってもらう。

 

② 対面で打ち合わせ。それぞれの部屋に何を置くか、また生活導線はどうするか、何をする場所にするかを決める。予算を立てて何をどのくらい購入するかもリストアップ。家具のサイズ感に関してはほんとうにコーディネーターさんがいてよかったと思った。

これほんとにえぐいと思ったのですが、100万円くらいで家のありとあらゆるものを買おうとすると無印良品の家になる。誤解のないようにいうと無印は機能・デザイン面・価格帯でもものすごく優秀ですが、私がすべての家具が無印になるのはちょっといやだった…。

ヴィンテージ系や北欧系の家具や照明を揃えようとすると余裕で500万円くらい飛んでいくんですよね。そこまではさすがに出せない。あとは床材や壁の色合いとのバランスの問題はある。うちはどうしても床が安っぽい素材なのが悲しい。本物の木材がよかったな。

私の好みは理想はルイス・バラガン邸ですがまあそれは無理なので…。簡素なのだけどチーク素材などのほっこりしすぎない北欧家具でそろえたいな~と希望を伝えた。コーディネーターさんに教わったポイントとしては肌に触れる家具はいいものにすること。なので、テーブル・デスク・椅子はちょっといいものを選んだ。

 

➂ 購入家具を決める。購入日を2日ほど設けて、家具探しのツアーを組む。コーディネーターさん2人が一緒に買い物に行ってくれた。とてもたのしい。最初、テレビを壁掛けにする予定だったのを私が「やっぱり壁に穴開けるの嫌なので、テレビ台買ってもいいですか」などとプランをひっくり返したにも関わらず、優しかった。テレビ台代わりのキャビネットで突然お金が飛んだけど…。

 

ちなみに家具を買いに行ったのが5月で全部いちから作っていただいてできあがったのが9月。けっこう長かった。

 

5. おわりに

椅子選びの話など本当はかなり細やかにエピソードがあるのですが、そろそろ長くなってきたからおしまいにする。

私はわりとこだわりが強いので今まで適当に選んできたものはいったんリセットしてすべて買い換えようと思い、家具はほとんど処分した。家電だけは10年選手ばかりなので来年あたりに冷蔵庫や洗濯機を買い換えたいけど…。

 

結果的にストレスのない部屋になったので思い切ってコーディネーターさんをやとってよかった。

 

【リビング】

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リビングは黒で締めて落ち着いた雰囲気にした

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STANDARD TRADEのソファとBLESSのブランケット

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フランスの古道具(布プリント用の型)

 

 

【キッチン】

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棚をつけてもらった。下の収納棚は無印。

 

【書斎】

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PFSの赤いラグがお気に入り。ヴィンテージデスクと照明が少しクラシカル。

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ときどき机を動かしたり。くじらの背骨と辻有希さんのモビールかわいい。

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某氏の木版画。ラグと同じ豊かな赤。

 

【寝室】

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ベッドもSTANDARD TRADE。シモンズのマットレスにした。寝るだけの部屋。


【衣装部屋】

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4畳くらいを丸ごと衣装部屋に。無印の家具を縦に重ねた。

 

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流木とユーカリドライフラワー よくわからないインテリアも好き

 

全然関係ないけど買って良かったもの

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東屋さんの踏み台


グラグラしている椅子にあがって作業していた経験が嫌になったので(たぶんそのうち落ちて怪我する自信がある)、良い踏み台を買いました。きれいだし、安定感があるし、脚立のような無骨さがなくて部屋になじむ。

 

 

色々変えたいところはあるけれどまずはこのあたりで。好きなもので満たされた家に帰れるのはとても幸せです。大事にメンテナンスして住みたいものです。おしまい。

 

 

 

くっついたり離れたりの日々

ぽっぽアドベント2021だよ!

ぽっぽアドベント24日目、クリスマス・イブ。12/24担当のふじおです。ぽっぽアドベントも三年目ですね。ありがたいことに毎年参加させていただいています。

adventar.org

 

 

一年目のテーマは「私が動かされたもの」で今も愛する漫画のキャラクター、花沢勇作さんについて怪文書をつづっている。

fujio0311.hatenablog.com

 

二年目は「変わった/変わらなかったこと」で魂だけで全力ダッシュしている人間がコロナ禍で自分の体を大事にすることを学んだ話。

fujio0311.hatenablog.com

 

今年の #ぽっぽアドベント2021 は「私の望みの歓びよ」がテーマなので、元ネタの教会カンタータ『心と口と行いと生活で』の終曲「主よ、人の望みの喜びよ」を久しぶりに聴いた。

この曲は私にとって特別な曲だ。小学二年生の時、地方のピアノコンクールで賞を取った時に記念品でもらった初めてのCD、その一曲目がピアノのアレンジバージョンの「主よ、人の望みの喜びよ」だった。これが異様に気に入ってしまった私は一曲をエンドレスリピートして聴いた。J.S.バッハの楽曲の美しさを主体的に理解しようとしたのもこの曲がきっかけだったと思う。もしかしたら長じて大学で声楽を専攻してバロックオペラばかり歌っていたのも、この頃からあるべきところに帰結する静謐さに惹かれていたからかもしれない。

ところで、「主よ、人の望みの喜びよ」って意味がいまいちわかりにくいタイトルだと思いませんか。特に「人の望み」ってところ。少なからず小学校二年生の私にはわからなかった。もともとは合唱パートのJesus bleibet meine Freude(イエスは変わらぬ我が喜び)がJesu, Joy of Man's Desiringと英訳されたところから来ているらしい。正確にいうと、原曲の詩の英訳ではなく、別の詩人が書いたものだとWikipediaに書いてある。

 

さて、はとちゃんが選び、テーマとしてもじった曲の歌詞を紹介する。

 

エスは私の喜びである。私の心の慰め、そして潤いである。イエスは全ての苦労を防いでくださる。イエスは我が命の力、私の目の喜び、太陽、魂の財産であり喜びである。それゆえ私の心と顔から私はイエスを放っておくことはできない。

 

なぜ長々とこれを紹介したかというと(主イエス・キリストとすべてのキリスト教徒にはたいへんに不敬なことであるが)、イエスのところをすべてねこに変えて読んでほしい。それが今の私の現状である。

 

というわけで今回のぽっぽアドベントではねこの話をします。

 

 

【この記事に登場する生き物】

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ふじお ねこバカになったオタク

 

 

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こむぎ 推定2歳未満のメス

 

私はねこばかになってしまった。Twitterでこの3か月見守ってくださっている方にはそれがありありと伝わっているはずだ。はとちゃんからテーマを聞いたときにねこのことしか書けないじゃんと思った。そのくらいねこに夢中だ。これでも少し落ち着いてきた方である。

これはねこの魅力が少しもわからなかった人による、わからないから飼おうとし、そして飼ったらめろめろになっている現在進行形の記録である。教訓もオチもない。最初から最後までを要約しても「ねこかわいいね」である。冗長な文章をお詫びしておきたい。

 

そうだ、ねこ飼おう!

事の発端はこうだ。今年の夏、職場にいつのまにか入り込んだ野良猫が捕獲され、捕物帳が繰り広げられたのがきっかけだ。先に言っておくとこむぎさんとは別のオス猫である。

ハクビシンやタヌキなどの可能性もあるため、注意喚起が回覧され、足跡が発見された水回りには念入りに消毒がほどこされた。ようやく監視カメラに侵入者の姿が映ってねこと判明し、捕獲作戦が始まったがこれがいっこうに捕まらない。

出ていったんだね、という結論になったものの、実際のところねこはかわいそうに一週間誰も来ない部屋に閉じ込められていた。ようやく発見された哀れなねこはそのへんに脱糞しまくり、集まってきた人間たちに爪と牙を向き、同僚の一人は襲われて流血して病院行き、ねこは御用となって近隣の保護団体に引き取られた。

念のためひどい目にあったもののねこは今も元気だ。七夕に捕獲されたので彼は職場で彦星と呼ばれている。私は捕り物帳にはいっさい関わっておらず、ねこの引き取り手を探していますというお知らせが職場でまわって来てやっと事件を知った始末である。

 

 

私は三月に中古マンションを買い、家具や内装を整えるのがもっぱらの関心ごとだったのだけれど、ねこと聞いてこれはご縁なのでは、と思った。次に飼うならぜったいに保護犬か保護猫と決めていてちょうど保護団体のHPをみさかいなくチェックしている時期だったからだ。

家を決めるときの絶対条件にペット可物件を譲れなかったくらいに生き物を飼うのが目標だったし長年のいぬ派の私だが、どうしてなのか部屋が整うにつれて「ここはいぬよりねこが似合う場所かもしれない」という思いつきが頭から離れなかった。犬が走り回るにはいくら3LDKと言ってもいささかせまい気がしたのと、毎日の散歩に連れていけるほど時間的にも心理的にもゆとりがない…というのもあるが、私の頭にはねこを飼う未知の世界への希望が広がっていた。ねこを飼うどころか触れた経験もろくにないのにも関わらず。

ねこの生態も性質もあるあるも1ミリもわからない。正直に言うとこれまでの人生であまりかわいいと思ったことすらなかった。いや、生き物はなんでもかわいいのだがねこの写真をみて「いいな~」と身悶えるような感覚はなかった。

これを言うと多くの人に「それでよくねこを飼いましたね」と呆れられるのだけれど、私はそういう人間で何か閃いてしまうと実行に移さずにいられない。それであまり後悔らしい後悔をしたことがないのだから実に得な性分だ。私は自分の2つのモットー「迷ったら愉快な方を選択せよ」と「思い立ったが吉日」を信じていて大体の人生の選択はこれに従っているので、今回もその流れに近い。

 

とはいえ、生き物を飼うには終生飼育の責任もある。経済的な見通しも必要だし、いずれくる介護やお別れのことも考えなければならない。動物を飼う人生の日々にはめでたい吉日や愉快なことばかりではない。

まずは人間の心の安寧としてかわいがるよりも日々の世話だ。そうなるとねこをどうやって選ぶのかがいちばんの問題である。保護猫だったらなんでもいいとすら思ったが、それはそれでねこに対して不誠実であると気づいた。どうしたって個体差や相性はあるし、ねこ飼い初心者に野良出身・暴れん坊の彦星は荷が重いのではないか…。

 

彦星には彼をダシにしたようで申し訳ないのだが、保護猫団体に他のねこも見せてくださいとお願いして出会ったのがこむぎさんである。実は最初に彦星に会いに行く予定だったのだが、預かり主である保護猫団体の責任者さんとちょっとしたコミュニケーショントラブルがあり、胃を痛める出来事もあった。しかしそれで縁を切っていたらこむぎさんには会えなかっただろうから、耐えて良かったのだと思う。なお、暴れん坊彦星はまだ引き取られるのを保護猫団体で待っている。もう暴れん坊ではなくなっているかもしれない。気になった方はご連絡ください。お待ちしています。

ずらりと並ぶ写真の中でこむぎさんは香箱すわりのちいさいねことして紹介されていた。おとなしく、穏やかそうに見えたし膝にのって甘えます、なんて書いてあった。私はドキドキしながらこむぎさんを「指名」した。

 

こむぎさんとの出会い

こむぎさんは都内某所の昔からある古い団地の一室、多頭飼育崩壊現場で保護されたメスのねこである。空気の入れ換えゼロのせまい一室でカビだらけ埃だらけの空間に複数のねこと暮らしていたという。身体も大人なのにかなり小さい。私には平均的なねこのサイズがいまいちわからないのだけれど、小柄な方だ。

実は譲渡会場でも私はこむぎさんに触れてもいないし、どんなねこなのかよくわからないままトライアルをお願いしたのが実情である。この団体はシェルターを持たないので不特定多数のねこと自由に交流して、君に決~めた!ということができないのである。もしもそういうことになっていたら、ケージの中でひたすら縮こまって小さく鳴いているだけでおやつも抱っこも拒否していたこむぎさんを選ぶことはなかったかもしれない。

「ねこを飼ったことがないしよく知らないのです」と挙動不審になってしつこく質問するわりには言い訳がましい逃げ腰の態度を崩さず、そのくせ図々しくねこを選びに来た私に対して保護猫団体のスタッフさんたちは優しかった。

おごそかに「このねこはこの通りおとなしいので小さい子どもや先住猫がいない静かな環境がよかろう、つまりおまえの家のような条件がぴったりである」という。嘘か真かは知らないが、なるほどそんなもんかなと思った。ねこにとっていちばん良さそうな環境を選ぶことが彼らの仕事なのだ。ともかくもその人たちがおまえのところがよかろうというのだから信じてみようと思った。

 

一度では決めきれず、こむぎさんには二回会いに行った。一回目にはもう一匹オスの子猫がいて、この子はとてもかわいらしく元気に部屋を駆け回り、私の膝に乗り上げておやつもガツガツ食べて抱っこもできる非常に愛想の良いねこだったが、どうも心が通じ合う感じがなかった。

しかし、私はこのときはじめて、ねこがすべらかで柔らかく魅力的な生き物かを思い知って雷に打たれたような気持になった。

ねこ、あたまちっさい!! すべすべ!!! 柔らか!!!! 軽い!!!!!!!!!! かわいい!!!!!!!!!!

※実家の愛犬パグ・たろうさんは7.5kgあります。パグもかわいい。パグ愛。

 

二回目はもっとたくさんねこがいた。相変わらずこむぎさんは譲渡会会場にはなじめず、今度はうんともすんとも言わず不本意そうに座っていた。前述のトラブルで私はものすごく構えてしまったのだが、責任者の女性は会ってみればなんてことのない気の良い豪快な人だった。ただ、彼女は人よりねこの方が好きなのだ。「ち●ーるで仲良くなるのよ」と言って食べさせようとしたが、こむぎさんは迷惑そうに顔を背けて嫌がっていた。天下のち●ーるに食いつかないねこなんているのか、と私は愕然とした。とはいえこれには理由があって、こむぎさんはパウチや液状おやつは経済的に困窮していた人間の飼い主が食べてしまう環境にいて、ドライフードしか食べつけていなかったのである。預かり主さんの家でもかたくなに液状のものは食べないらしかった。

これは手ごわいぞ、と思い私は迷い始めた。

他の預かり主さんにまた別のしょうが色のねこをぐいぐいとおすすめされた。ほんとにいい子なのよと言われて抱っこを薦められたが、ジンジャーキャットは部屋のすみに逃げてしまった。責任者さんとスタッフさんたちはチラチラと私を見ていた。まだふんぎりがつかないのか、と思われているに違いなかった。

 

私は途方に暮れてしまった。今まで知らなかった世界だ。たくさんの保護猫たち。これからもたくさんやってくるだろう。生まれたてのかわいい子猫ばかりではない。保護犬・保護猫のルッキズム・エイジズムの記事も頭に過ぎる。罪悪感がわく。

休日の貴重な時間を割いて捕獲し、通院させ、預かり、ゆるぎない愛を注いでいる熱心な活動家の方たちにはほんとうに頭が下がる。彼らはねこがねこであることを全身全霊で受け入れている。だからこそ、こんな覚悟のない人間のしょうもない不安など理解しない。理解してほしいなど、甘っちょろいのだ。ねこにだって傍迷惑な話である。飼われる側からすればねこ未経験なんて関係ない。命を握られるのだからたまったものではない。さて、ここからどうやって選ぶというのか。ねこの幸せってなんなんだろうか。そもそもこんなに不安で私はねこを飼えるのか。飼っていいのか。

 

一時間経過してもこむぎさんは小さくなって壁を向いたままだった。時間切れで私は決断をふんわりと迫られていた。二回目でやっぱりちょっと…と言ったら私は二度とねこを飼えないかもしれない。

どうしてもこむぎさんが気になった。きっとこむぎさんはここでは誰に対してもこんな感じなのだろう。私はどのねこだってトライアルでうちに来たら絶対に手放せなくなる。だからいつもの直感を信じようと考えた。愛想の良い元気な子猫がもらわれていくケースが多いと聞いたから、私が引き取るべきなのではないか。それに、よくわからないねこの方が変化していくのが面白いのでは?

見切り発車なのかもしれないが、思い切って私はトライアルを希望することにした。最後までこむぎさんは壁を向いてこちらを見ようともしなかった。

 

 

未知の生き物との生活

一週間で慌ただしくキャリーやらトイレやらを買いそろえた。これでトライアルが失敗したらこの新品のケージはどうすればいいんだろうと思いながら汗だくで組み立てて準備をした。その週はほとんどねこのことしか考えられなかったし、友達に相談するのもねこのことばかり。

こむぎさんは2021年10月2日(土)のよく晴れた午後3時、キャリーケースにおしっこを漏らして完全におびえきった状態で我が家にやってきた。平べったくなっていたのでねこというよりは黒と白のヒラメだ。

預かり主さんは私の部屋を褒めてくれ、環境確認の写真を数枚撮ると(お茶でも煎れるからもっといてほしい、ねこ飼いの極意を聞かせて…)と目で訴えている私には目もくれずにさっと帰られてしまった。あとには毛の生えたヒラメのような生き物と興奮と緊張で手汗をかいている私が残された。

ねこは与えられたケージにひっこみ、ますます平べったくなって隠れてしまった。もっと人懐こくて愛想のいいタイプのねこにした方がよかったのだろうか…と一抹の不安も抱えながら、私はねことの仮生活をスタートさせた。

 

 

 

ねこはしらない環境、しらない人間にとにかくおびえていた。カビだらけの空間にいたせいか風邪をひいているのか、しきりにくしゃみをして鼻水を所かまわず飛び散らしたせいで白い壁には青っ洟がこびりついた。淡いピンクの鼻には固まった鼻くそとカビのようなものがついていた。目は常に吊り上がり、譲渡会場で聞いたかわいらしい鳴き声は一声も発しなかった。物音も立てずに怒りと不信を伝えてくる。攻撃性はないが思ったよりずっと気が強い。あの場で大人しくしていたのは何だったのか。演技か。

こむぎさんは初日の夜中に暴れ、寝床用に置いていた段ボールをめちゃくちゃに噛みちぎり、水浸しにし、ケージの下に投げ落として自らバリケードを築いていた。レ・ミゼラブルのアンジョルラスもかくやである。

一方、安心したことにはビビりのわりに好奇心旺盛かつ元気で根性のあるタイプであった。来て半日で食事も排泄もし、3日目には私の目を盗んでケージから出て、家の中を探検していた。

 

 

一週間後、ねこは私が同居している事実にやっと慣れた。ほとんど諦めた形にも近いのかもしれない。とはいえ、私と2mのソーシャルディスタンスを保ち続け、餌をあげるときは毎回威嚇された。目が合うと隠れてしまった。ほとんど私は噛みちぎられた段ボールを見つめ、段ボールに向かって話しかけていた。

 

 

威嚇されるたびに私はしょんもりした。どうしたらねこに私は敵ではないとわかってもらえるんだろうか。ねこ飼い経験者には「根気と時間が必要じゃ。ただただそばにいて淡々と世話をしなはれ」とアドバイスをいただいていたので粛々と世話をした。でもさ、相性ってのがあるじゃないの。石油王が美少年を幽閉して愛を注ぎいつしか結ばれる古のBL漫画じゃないんだから、ねこが私のこと好きじゃなかったらどうするのよ…と柄にもなくしょげそうになった。

 

最初は監視人と生活している気持ちであった。私はねこを見張っているが、ねこもまた私をじっと見張っている。誰が見張りを見張るのか?*1

一週間は短い。この時点でトライアルは容赦なく終わるのである。お互いがお互いの存在に慣れたくらいの感覚なのに、もう結論を出さないといけない。私は覚悟を決めた。これ以上懐かなくても、ねこの世話は生活のハリである。引き取ろうじゃないか。社会貢献だ。あと懐かなくても(できれば死ぬほど懐いてほしいが)ねこはかわいいじゃないか。

預かり主さんには新しい名前をつけるように言われたが、私はどうしてもかわいらしい名前をつけるのが苦手だ。名前をつける責任感がこわいしセンスもない。実家のいぬもたろうさんという名前である。幸いこむぎという名前は嫌いではない。なんでこむぎなのかはわからないけれども無難だし、ねこだって呼び慣れられている名前の方がいいだろう。

そんなわけでこむぎさんは私の家のねこになった。

 

 

私のデスクがこむぎさんの初期の居場所だ。書斎をねこのケージ置き場にしていたので、完全に占拠されている。

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距離感つねにこれ

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ウォッチメン


私はねこの一挙一動に振り回されて喜んだり驚いたり泣いたりしていた。ちなみにこのあたりの写真はすべて隠し撮りだ。必死にねこを見ないようにしてカメラを傾け、こそこそと撮影してニヤニヤしていたのだから、私はねこにとってとんだ盗撮魔である。

ありがたいことにやってきて二週間近く経つ頃少しずつ変化は現れて、ねこは頑なに拒否していたち●ーるやカリカリのおやつも手ずから食べるようになった。他のねこがいない静かな環境にいて、はじめて安心して食べられるようになったのかもしれない。

初めてこむぎさんが私の掌にのせたカリカリを恐る恐る食べたときは文字通り号泣した。ねこの濡れた鼻先と温かい息が触れたのが嬉しくて、不気味なことに私は30分近く泣き続けた。

よその家の動物ではない、私のねこだ。

私は私のねこが私に触れてくれたことに感激した。こんなに泣いたのは久しぶりだった。おやつを数秒で平らげたねこはさっと離れていき、いい年をした人間がぐずぐずに泣いている横で知らん顔をしてモリモリとウンコをした。

 

 

こんな調子でごはんとトイレの世話をし、猫じゃらしで遊び、威嚇され、病院チャレンジに失敗して引っかかれて流血する日々が続いたけれど、ついに10月末に変化が訪れた。やっと撫でられるようになったのである、指一本で。

ねこは安全地帯のひとつであるソファの下から頑なに出るのを拒んだが、ゴロゴロいうようにすらなった。ソファ下の空間の奥に手を伸ばし、首と腰を痛めながら撫で続けた甲斐があって、ねこは急激に懐き始めた。

 

 

 

11月は急速に距離が縮まった。目が合うようになり、すぐ近くでくつろぐようになった。威嚇もほとんどされなくなった。

そして12月初旬についに膝に乗り上げて、一緒にくつろいだり眠るようになった。

 

 

ねこ、BIG LOVE ~そうして私はねこバカになった~

12月に入って、ねこはとてもよくしゃべる。ねこが鳴くのは人間とコミュニケーションを取ろうとするときくらいらしい。私もねことよくしゃべるようになった。

平日は一日10時間くらいお留守番して、よく我慢してくれるなあと思うと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。今まで帰ってからお絵かきをしたり映画を観たりする時間は減った。その代わりねことできるだけ遊んだり一緒にくっついて座っているようにしている。

 

もちろんねこが何を考えているか依然としてよくわからない。移り気で今ベタベタに甘えたかと思うとなにが気に食わないのかパンチをお見舞いしてくるし、じゃれたいのか爪で引っかかれたりもする。叱るとすっと離れていくけどまたさみしがって鳴いたり、飽きずに近寄ってきたりする。くっついたり離れたりの繰り返しだ。

そのたびに叱ったり話して聞かせるけど悲しいかないまいちよく伝わらない。こむぎさんだって「どうしてやりたいことが伝わらないんだろう。なんで叱られるんだろう」と思っているのかもしれない。我々は持っている言語が違うのだ。分かり合えないことを分かり合わないといけない。

 

ねこは最近ちょっと落ち着いて一匹になりたいときはケージの上によじのぼって、そこで心安らかに過ごすようになった。そうやって自主的に距離を取って過ごす様子をみるとやはりいぬとは違うなと思う。私はまだ修行が足りないので、ねこが何をしても受け流せるわけではないし噛まれたらそれなりに傷つくし腹をたてるのだけど、ねこを愛する気持ちはいや増すばかりである。動物を飼うのってすごいことだ。無条件に愛を注げることが許される対象がいるのはなんと幸せなことか。だからこそねこに愛を注ぐことに自覚的でもありたいし、ねこの心地よい瞬間をできるだけ作りたい。

 

恥ずかしいことにこうなるまで、私はねこを愛せるのかとても不安だった。動物は基本的に好きだし、たとえ懐いてくれなくても世話もするし最期まで面倒をみるつもりなのは当然と思いながら、自分を信用できないのだ。

こむぎさんはただ泰然とねこであるから、私が不安を抱えながら一緒にいるのに向き合ってくれる。私も変わるし、ねこも日々少しずつ変わっている。長い時間をかけてねこの存在が私の血肉となり、私の一部になるときに初めて私はねこを飼うことの歓びがわかるのかもしれない。

10月2日にねこが来て、たったの10日くらいで私はねこのいない生活が考えられなくなってしまった。こんなに濃密な時間をもらって、あまりの充足感に怖くなるくらいだ。年老いたねこを見送った人のツイートを読みながら、すぐ横で呑気に寝ているこむぎさんを見てめそめそ泣いたりもしている。

人間は勝手に想像して泣いたり怒ったり笑ったり、ねこのことをわかったふりをしていい気なものだ。それに対してねこには過去も未来もなく、その瞬間しかないと聞く。瞬間瞬間の感覚が記憶としてねこの小さい身体の中に引き出しのように詰まっているんだろう。

 

12月23日、これをタイプしている私は一日休みを取り、ねこと過ごしている。ねこはびっくりするくらい甘えん坊になった。甘えん坊すぎてこわいくらいだ。すぐ膝に乗りたがり、私の腕の中で赤ちゃんのようにサイレントニャーを繰り出してはナデナデを要求し、すやすやと眠る。おでこにキスされるのも好きだ。

昨晩は一緒に抱き合って眠り、朝5時にかわいい鳴き声で起こされごはんを要求され、二度寝して起きたあとは鳴きまくるねこをたっぷり30分は撫でた。一緒におもちゃで遊んで、掃除をして機嫌を損ねる様子や昼寝をする様子を見守った。夕食後は膝の上にねこをのせて読書し、台所で杏仁豆腐を作る様子を見張られた。

今、やけに静かだなと思って探したら私のベッドでねこは休んでいた。これは初めてのことで、毎日こうやってねこの行動は変わっていく。

できるだけ長くねこと一緒にいられるように、くっついたり離れたりしながら一つ一つの変化を見逃さないように暮らしていきたい。

 

 

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ねこ BIG LOVE

 

ねこ、愛してるよ!

 

 

 

明日はクリスマスです。アドベント最後の日、主催のはとちゃんです。

はとちゃん暑苦しくねこ愛を語る良い機会をありがとう。楽しみにしています。

皆さん良き日をお過ごしください。

 



*1:Who watches the watchmen?はアメコミ映画ウォッチメンで知ったが、もとはローマの詩人ユウェナリスの風刺作品に見られるラテン語のフレーズらしい。

続・着道楽のこと

「瞬発力のある服といつも着たい服って違うからね」と言われた。

 

はちゃめちゃに服を持っている、服やの人間、もとい服の神様みたいな人に言われたのでそのとおりだなあと思う。私はいろんな服が欲しい。おめかし用のも欲しいし気が向いたときに着る服も欲しい。ふだんだらっとリラックスできる服も欲しい。オンオフ関係なく着られる服もほしい。

さりとて億万長者ではないので選ばないといけない。

 

瞬発力のある服は雑にいうとトレンドに乗っている服だと考えている。サイズ感やデザインが今っぽい。だけど回転が速いし、目ざとい人にはわかってしまう。なのでタイミングを外すとなんかちがうよね、おしゃれだけどさ、みたいな気分になる。

デザイナーの個性が強くてあそこのですね、とわかるやつもある。あるいはロゴとか特徴あるもののパクリ商品とか。

ただ、こういうのは寝かせておけば熟成…というかまたいける風潮がやってきて、新鮮に着られることもある。そのときサイジングや細部のデザインが今のものに負けないパワーがあるかはそれぞれのアイテム次第なのかもしれない。

 

あるいは世の中的に瞬発力のある服ではなくて、自分の中で瞬発力があがる服というのもある。今までもっていなかった服、という意味で。

これは単純にコーディネートの幅が広がるのでトレンドも何も関係なかったりする。瞬発力のある服がなじんでいつも着たい服に変化するケースもある。

 

最近はぱっとみてどこのかよくわかんない服が好きだ。

スタンダードのようで細部に凝っていたり、特に高級に見えなくても着心地がよかったり、でもどこかきちんとしているもの。

このところ今まで着ていた服のことがあんまり好きじゃなくなっていて、地味なんだけど私と一部の人にだけわかればいいや、というスタンスで選んでいる。

今まではいろいろ着たいのでとにかく「持ってないんですよねー」「えーそうなんですか意外~」みたいなテンションで買い集めていたけど、そろそろ自分の好きなものがわかってきた気もする。二十代の頃より顕著にこの服を10年先も好きでいるかどうかを基準にすることが多くなった。

 

ぶっちゃけ10年着る服ってそんなにあります??????

私は好きなものはたぶん7~8年くらいは確実に持っているのですが、それって買ってきたもののたぶん本当に一部だけです。肌着なんかは消耗品だからしょうがないけど。素材によっては好きだけど傷んで泣く泣く手放したものもある。

そうかと思えばもう5年くらい吊るしているだけの服もある。

 

10年先のことを考える、というのがいよいよもってリアルに目の前にせまってきた年齢になったので単なる加齢のせいかもしれない。

 

というわけで久しぶりに最近好きな服の話です。

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若いうちに色々幅を広げておくといいよ、と言われたので最近がんばって淡い色を着るようにしています。春ってのもあるけど。

この春夏はちょっととぼけた、ぼんやりした雰囲気の服を着ていたい。

 

前回の着道楽の記事をみると、ああ~恥ずかしい~ってなるんだけどこれはいいことな気がしている。どうせ恥の多い人生なんだから、そうやって更新していければいいや。自分が恥ずかしい人間だということを知っておきたい。また2年後くらいにうわー2021の春、すごい恥ずかしいこと言ってる~ってなれればいいな。

 

fujio0311.hatenablog.com

 

2021.3.11

37歳になった。37歳て生きてる年数でいったらけっこうな大人なはずなのに、実感がわかない。わかないのが恥ずかしい。けど本当です。

先日中古マンションを購入して、今は家具が全然ない空間に住んでいる。田舎で特に便利でもない沿線だけど駅からは近くて一人暮らしには十分な広さで、将来的にもペットが飼える物件なのが決め手だった。年末に見に行き、年明けには決めて約二カ月で手続きを済ませた。そういうことができるようになったのも大人になったと思うし、もちろん誇らしいし、不安もあるけどわくわくしている。

 

3月11日はマスコミも社会も10年という節目で東日本大震災を語る一日だ。ほんとうは出来事に節目なんかない。継続して日々は続くし、つらさや悲しさが時間で癒されるかどうかも人による。そもそも10年を区切りのいい単位としている前提がよくわからない。人間の生きる時間の単位が0~100年程度であるだけで、悠久の時間でいえば一瞬だ。10年は時と場合により伸縮可能な時間だと思う。

だけど同時に区切りが必要な人がいるのもわかるし、自分自身も何の意味もなく「10年だなあ」と思う。私は27歳で今よりもずっと世の中のことも知らなくて、そのくせ自分はたいそうな人間だと思ってチャラチャラと生きていた(それは残念なことにあんまり今も変わらない)。

いったい私にとって東日本大震災は何だったんだろうと今でも考える。教訓にすべきことはたくさんあるんだけど、学びにするような出来事ではないと言われればそれもそうだし、社会の役に立ってたまるかという気持ちもある。一定の期間は震災をそれらしく語ること自体が疎ましく、でも機会をすばやくとらえて、事あるごとに神妙な顔でそれらしく語っていた恥ずかしさも大いにある。語るべきではないことも語ってしまったこともあって、たぶん他人を傷つけたこともある。

正直いってぜんぜんわからない。言葉で語りたいのに語りつくせないものがある、何を言いたいのかわからないのに何かを言わなきゃいけない気持ちだけが募るし、意味もないのにかっこつけてこんな記事を書いていること自体、かっこ悪くてもどかしくて今すこし涙が出そうになる。でも記録なので書いておく。

 

 

 

 

ここ数年で戦争や災害や事件に巻き込まれた人、ヘイトクライムや暴力で傷ついた人の語りがとても気になっているのは自分自身がまだ言葉を見つけていないからなのかもしれない。震災とアートのつながりに興味を持っていて、やっと最近になって調べたり読書したりしている。漠然とそういう本を読んでいるとまだまだ語られていない出来事が山ほどあるし、語られていない言葉があるのがわかる。声をあげられなかった人がたくさんいるし、社会が遅まきながらそういう声に耳を傾け始めている時代でもある。

 

私は今のところパートナーも伴侶も子どももいないし、時間はたくさんある。仕事も慣れてきたところでもう一段階大きくなりたいというか、今までやってなかったことをやってみたくてそわそわしている。ばかの発言だけど、自分の尺度で「でかいことをしたい」時期なのである。なんとなく自分にはそれができる気がしている。

さっきのモヤモヤのことだって10年を節目とするのであれば、次の10年でそのもどかしさを少しでも言語化できるようにしたい。47歳でもきっとまだまだわからないことがあるし、ひょっとしたら1年後はもう何もかも嫌になってまた違うところに住んでいたりするかもしれないし、病気やケガでそれどころではないかもしれないけれど。

 

3月11日に自分のことを振り返って指差し確認する日にできているのは親しい友人や家族や仕事のおかげでもある。今日は夏に備えてがらんとした北向きの寝室に取り付けるためのエアコンを買ったりして、ひゅー大人!と自分のことをひやかしながら、やたらとハッピーな音楽が流れる家電量販店で黙祷をした。目は閉じなかった。

 

 

 

肉体と魂、あるいは迷宮と迷路の話。

ぽっぽアドベントがやってきた! 

 

12/11担当のふじおです。お絵描き同人マンをやっています。長らく海外ミュージカルや洋画のオタクをやっていたのですが、ひょんなことから漫画『ゴールデンカムイ』に出てくる異母兄弟にはまり、そのまま地獄の一丁目をさまよっています。

 

adventar.org

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その1では藤見よいこさん、その2ではたぬきさんが担当しています。私は3つ目の担当。今年も盛り上がってますね。みなさんの好きなことへの愛と、文才に毎度ながら新鮮に感動しています。生き生きしている女の子、というだけでもうなんだか泣けてくるお年頃になってしまった。

 

昨年のぽっぽアドベントではオタクギア全開も全開、あらゆるものを振り落としながら愛してやまない登場人物・花沢勇作について重めの愛を語りましたので、よろしければご笑覧ください。花沢勇作さんのことは今も愛し続けています。同人誌もモリモリ描いています。

 

fujio0311.hatenablog.com

 

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今回はめずらしくオタクごとではなくて、魂だけで生きてきた人間が肉体の大切さに気づき始めた話をします。オタクの話が読みたい人はこれまでのエントリをお読みいただけるとうれしいです。最近はナショナル・シアター・ライブの「シラノ・ド・ベルジュラック」の感想などを書きました。

 

 

 

さて、波乱の2020年も終わりに近づいています。なんなんでしょう、2020年。コロナウイルス感染症の中、あらわになる社会のアレやコレ、けっこうやばさ(主に政治的な面で)を私は感じたんですが、みんなたちはどうですか。最初からやり直せたらいいのにと思う出来事もたくさんありました。つらいですね。私もみんなもよく頑張りました。生きてるだけでえらい。

緊急事態宣言が出され、不要の外出が禁じられ、人との身体接触が疎んじられる。各々の事情というものがこういうときに想像できなくなるので、自分の器の小ささにも身をつまされます。

 

私の職場でも春はリモートワークを推奨されました。こういう事態になって私だけではなく多くの人が今まで当たり前に行っていた(あるいは強いられてきた)ことを振り返ったのではないでしょうか。私にとっても行きたくない飲み会に行かなくても良いほっとする時期でもありましたし、かえって仕事がやりづらくて夜中まで作業をする日々が続くなど面倒に感じる時期でもありました。が、このままリモートが続いたら体は楽なんだけどなあと思っていました。だって家から出ないのちょうらくちんだもん。

 

正直なところ、朝は弱くいつまでも眠っていたいし、夜の方がお絵かきしたりチャットをしたり楽しみがたくさんあるし、休みの日が家の中で完結することもあるインドアタイプのオタクにとってはラッキーでした。私はほんとうに体を動かすことをやってこなかった人間です。運動が好き嫌いのレベルではない。運動はけして嫌いではないけれど、三十余年の人生の中で圧倒的に座ってきた時間の方が長い。13時間くらいじっと座ってろと言われたらわりと大人しく座っていることができるレベルで動かざること山のごとし。

楽しいことがあると肉体から魂が躍り出てしまう生き方をしています。つまり、豪速球で前のめりに走り出す魂に肉体がついていけず道路をずるずるひきずられている状態。バカの考え休むに似たりとはよく申しますが、けして論理的思考が得意なのではなく、昔から外でわあわあ遊ぶより、頭の中だけで妄想したり話を作るのが好きだっただけです。私は友達のいない子どもで、机にむかって大人しく本でも読んでいればそれで幸せでした。黙って机に向かっていると勝手に大人が勉強していると思い込み、ほめてもらえるからです。

 

一か月ほど薄暗い部屋に閉じこもり仕事をしていて、子どもどころか中年にさしかかっている私はハッと気づきました。これはいくらインドアオタクでもまずい。ただでさえ筋肉を使わないのに、このままだと肉体が消滅してしまう!

 

 

そうして私はおそるおそる外に出て、引っ越して四年も住んでいるのにろくに歩いたことのない地元の散歩を始めました。近所には川があります。知らない学校もあります。おいしいおそばやさんもあることを教えてもらいました。歩くと汗がたくさん出て気持ち良いことも知りました。

こうやって近所を散歩するのはなつかしいようでもあり、苦いような思いもあります。まだ宮城県の片田舎にいたころ、未成年だった私は最悪なことに、とにかく「地元」というものを小ばかにして暮らしていました。実際の土地や人というより「地元」という概念を小ばかにしていたといってもいいです。

 

自分を大切にしたり、地元を無条件に愛するのがなんだか恥ずかしかったというのもあります。私は荻上直子監督の「かもめ食堂「めがね」「トイレット」などのおだやかな映画が好きなのですが、いいな~と思いつつちょっとケッと思うところがあります。だって「たそがれる」ってなによ?

いや、わかるんです。ぼーっとして何もしない。音楽を奏でたり、おいしいコーヒーを淹れたり、曲をかいたり、海を眺めたり。すごくいいのもわかる。わかるけど恥ずかしいし、なんならあまりにもやさしくてナイーブな世界を前面に出されるとちょっとイラッとするときもある。それは結局のところ自分が意固地になっているのを勝手に否定されたような気持ちになるからかもしれません。

弱くて力のない自分を肯定する、身近な幸せを認識し、感謝し、満足する。

これ、昔から私がめちゃくちゃのくちゃくちゃに苦手とすることです。わりと根が深いぞ。

 

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いや、いい映画なんだけどさ。

 

 

田舎に住んでいた私は都会にあこがれ、外国の文化にあこがれ、異様な飢えを感じながらずっと生きてきました。大した能力もないのに親に期待されて育ち、自尊心だけが強い子どもでした。早くここから出たい、芸術に造詣が深い趣味のあう素敵な人と話がしたい、奇抜なおしゃれをしても浮かない土地に行きたい、噂話ばかりの人間たち、女は愛嬌をふりまき家事をしろという男たち、プライベートにずけずけと入ってくる過度な干渉と距離を置きたい。そういうことを自分のせまい部屋に閉じこもってぶつぶつと考えていた二十代でした。被災したときですら、弱い自分を認めませんでした。

 

きらびやかで刺激的な文化が私の求める世界で、道端の花の美しさがなんだというのか。

 

 

だけど、やっぱりよいのです。 河川敷でぼーっとしながら、散歩、いいじゃん…とあっさり私は気づきました。SNSで嫌なことがあるとそれをずっと見続けてしまいます。強制的にひとりぼっちで頭をからっぽにする時間をわざわざ作り出すなんて、あほみたいだなあと思います。でも意識的にやらないと、私はもうだめになっていました。

夏には小一時間程度ではありますが特にルートを決めずぷらぷらとウォーキングをする習慣もできました。そんなに大きな運動効果を求めていたわけではありません。

行先や時間にしばられない、目的のない歩行が目的でした。考えてみれば大人はこれをほとんどやりません。目的もなくフラフラしている大人は、すべからくへんなひと扱いになってしまうからです。比喩としても直喩としてもフラフラしているはあまり褒め言葉にはなりません。出発地と目的地があって、最適化されたルートで無駄なくスピーディーに。乗り継ぎがうまくいかないと舌打ちします。会いたくない人にばったり出会ったり、うっかり遅刻してしまうとそれはもう失敗とカウントされます。

 

 

イギリスの人類学者ティム・インゴルドは人類学教育の想定として、知識で武装するものではなく、目の前に生じている経験の世界に慎重に注意を払うための方法が必要だと言っています。「迷宮(ラビリンス)」と「迷路(メイズ)」というたとえを彼は著書の中で使っています。

迷路をすすむときはゴールを目指すという意図をもって私たちは進みます。意図が先にあって行動はその結果にすぎません。迷宮をたどるとき、途中でおもしろいものがあれば足を止めて観察します。においをかいだり、考察したり、これはなんだろうと考えます。その瞬間、「会社」や「家」といったゴールは頭から消え去り、知識の迷宮に人は入り込むことができるのです。

インゴルドは迷宮は世界に対して開かれているが、迷路は閉じている、と述べています。

 

 

 

 

そんなわけで散歩したりウォーキング・ランニングをしているときはできるだけ迷宮のつもりでうろうろしています。この自由を満喫せよ。

私にとってはSNSをしたり映画を観る時間ではなくなるだけでもデトックスになるなと思いました。目の前のものを観察したり、道に出ているフードバンに立ち寄ってなにか食べてみたり、ずっと気になっていたお店に勇気を出して入り、店員さんとくだらない話をしたり。

それからじっさいに歩いてみると足首がどうもいうことをきかない、太ももがあがらない、など自分の体なのにまったくコントロールが効かないことに気づきます。からだ~!!!!! 俺の脳みその指令を聞け~!!!!

そうはいってもこれまでろくに話しかけもしなかったのですから、体はしらんぷりです。私の体は私の脳みそのいうことをまったく聞かないことがわかりました。そんなわけで体と対話する、どころか今は体の愚痴を聞くくらいの関係から始めています。

余談ですが私は昨年秋に道端ですっころんで左手小指の骨を脱臼骨折し、手術を2回したものの二度と関節が曲がらなくなってしまいました。小指もまさかそんなことになろうとは思わなかったでしょう。本体である私は生きていればそんなこともある…と受け入れているのですが、大人になって転ぶとちょっとしたケガでそういうことにもなってしまうのだ。

 

 

体を動かすこともそうですが移動が禁じられた中、長時間乗り物に揺られて移動することの大切さもしみじみ感じています。物理的に遠くに行き、その土地の匂いをかぐ、足裏で踏みしめる、食べたことのないものを食べる。

私はこの年になってやっと遠くの土地の社会問題や文化を考える価値だけではなく、自分の体、家族、自分の生まれた土地、日本を含めた東アジアを知る面白さに気づき始めました。ほんとうの意味でフラフラと地に足がついていないとは自分のことだったなとも思うのです。今いちばんしたいことは国内旅行です。

 

ここ数日、めっきり寒くなってきたので、夜に時間があっても私はかたつむりのように家に引きこもっています。原稿もしていたし。そうしたらまた体がすねてしまって、膝がポキポキ鳴るようになりました。痛みはありません。整体で診てもらったらおかしいところはないようなので、ただの運動不足と診断されました。これを書いている今もポキポキ言います。

相変わらず運動は苦手だし、ストレッチだって体が硬すぎて自己流でやればやるほど体を痛めているのでは…と心配になります。人はそう簡単に変われませんが、その変化の兆しだけでも感じられてよかったなと思う一年でした。

 

みんなたちも好きなことを好きなようにやって、心身ともに健康であれ。人生は意外と長いしだるいことばかりありますが、ほどよくチルしていきましょう。

 

明日は宇宙猫ながよさん、空尾さん、ひろちさん、3人のすてきな人たちです。